永遠という時の中。
                                    人の記憶から薄れてゆくもの。

                                    ――扉の向こうに隠された大罪。

                                       永遠という時の流れ。
                                      人の犯した罪の痕跡。

                                    ――約束の黒真紅の薔薇。

                                        永遠を生きる私。
                                        輪廻を巡る君。

                                   私たちを別つのはいつも時の流れ。



                                ――叶わぬのなら、いっそ壊してしまおうか。







          漆黒の海。波音一つ無い静かな海が私の頭上に広がっている。あるのは静寂。人々に眠の中へ誘いゆく静寂だけ。
          私は静かに懐中時計を取り出す。
         「お嬢様、お体を冷やしてしまう前にお戻りくださいませ」

          一人のメイドがテラスでくつろぐ私を呼び戻しに来る。私は彼女の言葉に返事をする気にもなれず手にした
         懐中時計を色々いじってみる。複雑に入り組んだ構造の不思議な懐中時計は良く見ると普通の時計には無い
         仕掛けらしき物が沢山ある。私はしばらく様々なボタンを押して何とか起動させようと試みたが懐中時計は
         一向に動き出す気配が無い。すると傍に控えていた先ほどのメイドは私を呼び戻す事を諦めたのかため息混じりに
         煌びやかな屋敷の奥へと消えて行く。
          メイドにつられるように生まれた吐息は白く、漆黒の海を揺らした。
         「冷えるわね」

          まだ秋には早いと思っていたけれど近々訪れる木の葉の時期に、
         まだ遠い白い妖精たちの足音を聞いたようで心が躍る。
         「そうですね。 今年は秋の訪れが早いようです」

          不意に声が聞こえた事に驚いて思わず懐中時計を落としてしまった。
         「急に声をかけないでくれるかしら?」

          彼のからかうような笑顔が漆黒の海に浮かぶ。やはり彼の髪の色も優しさも漆黒の海には明るすぎる。
          優しくて、暖かくて、ちょっと意地悪で、私はただ憧れていた。
          『共に歩んでいけたら』と、でも彼は深い闇の中に居るべき人じゃない。
         「お嬢様? いかがなさいました?」

          心配そうな彼の顔。彼にこの事を話せば『これからも変わらずお傍に居ります』と答えてくれる。
          だからこそ伝えてはいけない。 悟られてはいけない。
         「えぇ大丈夫。 そろそろ戻りましょうか?」

          私は彼の返答を待たずに自室へと歩を進める。彼は私にささやかな幸せをくれたから今度は彼に幸せになってほしい。
        「お嬢様、悩みがあるのでしたら私にお聞かせくださいませんか? ……それとも私では愚痴のお相手は務まりませんか?」

          背中越しに聞こえる悲しげな声。私は彼の声に思わず足を止める。
        「出すぎた真似だという事は存じております。 しかし私にとってお嬢様は……。そのっ、お嬢様は大切、なお方で、ございます」

          彼の声は酷く震えていて今にも消えてしまいそうだった。私は突然の出来事に胸が苦しくなってその場に立ち尽くす。
         「ゎっ私は、従者で、あった頃より、貴方様を、お慕い、申し上げて、おりました」

          彼は酷く動揺していて私同様、苦しげに呼吸しているのが背中越しに伝わってきた。
          こんなに必死な彼は初めてだ。彼は酷く動揺している気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をする。
         「クラ、ウディア、様」

          私は思わず息を呑む。彼が始めて私の名を呼んでくれた恥ずかしさと嬉しさで体中が火照る。
          彼はもう一度大きく深呼吸をするとゆっくりと私の傍に歩み寄る。
          大理石の廊下に彼の足音がやけに大きく響く。
         「クライディア様、私の顔を、見てください」

          真後ろで囁かれ彼の淡い吐息が耳にかかる。私は今までに無い彼の行動に酷く戸惑いただ口元を手で覆う。
         「…………仕方の無い、方ですね」

          そういう彼の声はとても穏やかで木漏れ日の中から抜きん出たような淡く儚い雰囲気をかもし出していた。
          優しく微笑む気配がして思わず身をすくめる。すると彼の長い指が私の長い髪をすくいあげる。
         「はっ、離してっ!」

          私は彼を振り払おうと大きく身をよじり彼の何処か切なげな瞳と目が合ったその時、彼の長い腕が私の肩に回される。
         「っ、ロ、ゼ」

          彼は無言のままぎこちない仕草で私の髪を撫でながら優しく包み込む。
          抵抗する事が出来ずに彼の暖かい腕に包まれて彼の胸に顔を埋める。まるで鐘の音のように早くなった彼の鼓動が
         耳に心地良い。
         「愛しています」

          息が止まる。私を抱きしめている彼の腕が僅かに震えている。長い沈黙を破ったのは私でも彼でもなく
         深夜を告げる鐘の音だった。悲しげに響く鐘の音はこれから先の私を暗示するかのように大きく高く鳴り響いた。
          言い知れぬ恐怖と不安。私の時はこのまま永遠に動かないのだろうか?









       黒真紅の薔薇を手に取る。   清き純白の薔薇を手に取る。