燃えるような真紅の月を瞳に宿して
夜の森を行く。
凍えるような絶望を胸に
二度と答えるはずの無い声を求めて
夜の森を行く。
――全てが遅すぎて……。
出口の無い闇に呑まれもなお
安らぎを求めて叫び続けた。
幾度も幾度も
ただ同じ名を……。
――おきろ。 目を開けてくれっ……。
どうして、そんなに悲しい瞳で私を見るの?
――頼む……起きて、くれ……頼むっ。
どうして、そんなに悲しい声で私を呼ぶの?
「……ぉ、てください。 起きてください」
大丈夫、私は大丈夫だから、だから……。
「お嬢様? お嬢様起きてください」
月明かりの無い暗い庭の片隅で小さな少女がまどろんでいる。
少女は上品なドレスに身を包み穏やかな表情で大樹に背中を預けている。
その姿はまるで死者のように人ならざる者を思わせる美しさを醸(かも)し出していた。
「……本当に仕方の無い方ですね」
背が高く上品な男性は少女の耳元で小さく囁くとその華奢(きゃしゃ)な体をそっと抱き上げる。
少女の淡い灰色の髪が風に舞い芳醇(ほうじゅん)な薔薇の香りが男性の体を包みこむ。
すると金色(こんじき)の月が淡い吐息と共に眠りから覚める。
「あぁ……やっとお目覚めになりましたね。 探しましたよ、お嬢様?」
金色の月はゆっくりと声の人物のほうへと向けられ霞がかった声で話し始める。
「あら、ごめんなさい。 少し休んでいたら眠くなってしまって……」
そう口にしてから自分の置かれている状況に気が付いたのか少女は僅かに頬を染め慌てて男性にしがみ付く。
そんな少女の反応を楽しむかのように男性は微笑みかける。
「お嬢様の安らかな一時の邪魔をしてしまい申し訳ございません。
しかし……そろそろ戻られませんと旦那様が心配されておられます」
男性の言葉を受けて少女の金色の月に雲がかかる。少女は煌々と光り輝く大きなホールに目をやる。
「……人の多い所は苦手なの」
男性は少し考えるように間をおくと困ったように瞳を伏せる。
「承知いたしました。 このまま部屋にお連れいたしましょう。 風邪でも召されたら大変です」
そっと微笑むと困惑する少女を抱えたまま屋敷のほうへ歩みを進める。
少女の講義の声と男性の足音だけが夜の静けさの中に木霊する。
ここはミレッフォーリエという時計塔のある古風な町。この町には数多くの貴族が暮らしている。
特にフロイデル家はこの町でも有数の大貴族。そんなフロイデル家には決して触れてはならない大きな【闇】が存在した。
それがこの少女【クラウディア・フロイデル】ゆるく曲線を描いたパールグレイの髪、
夜の闇を力強く照らす月のような眩い金色の瞳を持つ美しい少女。
他を圧倒する美しさを持ちながら屋敷の隅で誰の目にも触れさせずひっそりと暮らしている。
――長い時の中を生き続けた悲しい旋律(うた)が夜風に乗って響き始める。