ピンポンパンポ〜ン♪
                 こちらは伝承管理サポートセンターです。


               
                皆様が現在お手持ちのこちら【翡翠色の雫】は初めて紡ぎだした伝承の1つでございます。
                     故に一般的に囁かれているルールというものが皆無となっております。

           しかしながら支配者様のご意向によりノーカット編集版を提供した上で新たに紡ぎだしだ
                                              【翡翠色の雫】を提供するように仰せつかっております。

                 故に、大変読みにくく感じられる方がおいでとは存じますが
                                           何卒ご理解のほどを、よろしくお願いいたします。


                                                                 ピピンポンポン♪
















                            黄昏時、空が絶望に嘆いている


            地上を焼き尽くした炎も絶望に飲まれ
                                その力を弱めてゆく

                                         空がゆっくりと闇の静寂に侵食され
                                                        降りしきる絶望の中
                                                  新たな生命が誕生しようとしていた

                   彼らはまだ何も知らない
                           それが全ての悲劇の幕開けであることを・・




          名も無い深い森の中
          そこはかつて多くの妖精や聖獣など共に森を守る民が暮らしていた場所
          今では人の姿は無く、ごく僅かに妖精たちのみが暮らしている
          その森のさらに奥地、【コマンスィ】と呼ばれる忘れさられた聖域がある
          聖域の中心には太古より精霊の住まうとされる伝説の大樹がそびえ立つ
          大樹は美しい花々や妖精たちに囲まれて風に揺れ
          まるで小鳥たちと歌を歌っているようにざわめいている
          木漏れ日の中で動物たちが戯れる
          暖かく、穏やかな時間


          大樹の根元に一人の青年がいる
          銀色に輝く髪、青白い肌に黒い服を身にまとい
          力なく大樹を背にもたれ掛っていた
          その腕には翡翠色の腕輪が輝いている
          小鳥がさえずり、風が銀の髪を揺らす
          青年は淡いすみれ色の瞳を開き
          翡翠色の腕輪を悲しげに見つめる



          遥か昔、混沌に包まれていた時代
          それは遠い記憶の果てに忘れ去られた
          血塗られた過去

          守りたい・・ただそれだけだった・・



          それはまだ誕生して間もない世界
          ようやく地上に生命があふれ、安定を見せかけていたさなか
          光を司る神の王【ブリューナ】と闇を司る神の王【アスタロト】が
          世界の行く末を巡り戦争を始めてしまう
          争いは平行線のまま、一向にやむ気配を見せず
          戦争による被害はとうとう地上にまで及び
          大地は裂け、森は焼け本来守るべき多くの人類が命を落とし
          気がつけば三百年という年月が経過していた

          そんな時、地上に生き残った人間たちも自らの住まう世界を守ろうと
          武器を持ち光の神々の軍【神魔(しんま)騎士軍(きしぐん)】に加わる事になる
          人間たちの軍勢は予想外の力を発揮し、次第に闇の神々を追い込んでゆく
          その中に特に強い魔力を秘めた一人の少女がいた。
          少女は白(びゃく)緑(ろく)色の長い髪に水晶のような髪留めを付け
          翡翠色の瞳に淡い雪のような民族衣装を身にまとっていた
          彼女の登場により戦況は大きく光の神々へと傾き闇の神々【邪神魔光軍(じゃしんまこうぐん)】を追い詰める
          闇の王アスタロトはそれに対抗すべく、新たな兵器を作り出そうとする
          剣や杖などではない、生きた兵器【魔道生物】を
          アスタロトは、動物や魔物、天使や精霊さらには味方である魔族たちまでも
          捕らえては生きたまま体を引き裂き、魂を砕き
          その姿はまるで気がふれた獣のように実験と調整を繰り返していた
          命への冒涜だと、反対の声を上げる者は容赦なく処刑され
          その肉体は研究室へと運ばれてゆく
          だが新たに生物を誕生させることは容易ではなく
          失敗ばかりを繰り返し、アスタロトは次第に焦りを見せ始めていた
         「・・っ何故だ! 何故成功しないっ!」

          そんな時、闇の王アスタロトの一人息子【ジュペル】が戦死
          光の王ブリューナの長男【ゼィノン】を生きたまま獄中に捕らえたと
          その情報を聞き、后である【ティーヌ】の死にさえ無関心だったアスタロトが
          しばし考え込むと、何かを閃いたかのように邪悪な笑みをこぼし
          生け捕りにしたゼィノンの居る牢獄へおもむく
         「貴様が・・ゼィノン・・ブリューナの長男か・・」

          ゼィノンは頭部から血を流し、両手足を鎖に拘束され
          荒く呼吸をしながら歩み寄るアスタロトを睨み付ける
         「・・アスタロト・・何を企んでいる・・?」

          掠れた声が響き渡り、アスタロトと目が合う
          ゼィノンの瞳には揺るがぬ決意を宿し、鋭く輝いている
         「・・クックク・・知りたいか?・・すぐに分かる」

          そう言うとゼィノンの決意を鈍らせるほどの邪悪な笑みを浮かべ
          左腕がドス黒く魔物の様に変化し、素手でゼィノンの心臓をえぐり出した
         「・・がっぐはぁ・・」

          ゼィノンの心臓は大量の血を吹きながらアスタロトの手の上で踊り
          ジュペルとゼィノンの遺体が研究所へ運び込まれる
          激しい嵐の中、実験が執り行われる

          アスタロトはゼィノンとジュペルの心臓を両手に握り二つの心臓を貪り尽す
          すると全身に凄まじい量の力が渦巻き始めた
         「クックク・・誕生するぞ・・新たな生命がっ!」

          アスタロトは短剣で自らの胸を切り裂き
          溢れ出た黒い血がアスタロトを中心に魔法陣を描き三人を囲い込む
          魔法陣の中で聖なる力と邪なる力の二つが解放され
          制御を失った力は魔法陣の中で激しく激突している
          しかしアスタロトの黒い血が二つの力を包み融合させていく
          一つとなった力は渦を巻き、遺体の傷を癒し
          心臓のあった場所に力が集中し結晶のような物が輝いていた
          渦を巻いていた力は徐々に遺体へと吸収され全ての力が消え去る
          アスタロトは辛うじて意識を保ち
          疲労と野望に満ちた表情をしながらも
          新たな生命の誕生に歓喜の声を上げた

         「・・クッ・ハハ・・ついに・・ついに成功だこれでこの世界は・・我のものだっ!」

          雨は上がり
          闇に飲まれ
          辺りは静寂に包まれた
          漆黒の夜に浮かぶ
          血のような真紅の月に
          照らし出された二つの影

          一つはアスタロトの一人息子ジュペル
          銀髪で背が高く、漆黒の鎧に身を包み
          淡いすみれ色の瞳が意思を持たぬかのように虚ろに輝いている

          もう一つはブリューナの長男ゼィノン
          深紫の髪、筋肉質な体に白銀の鎧を身に付け
          淡黄色の瞳が鋭い光を宿していた

          この世界に新たに生じた【魔道生物】と言う名の生命

          真紅の月がその誕生を嘆く
          彼らはこの残酷な運命を歩む・・
          血塗られた道へと
          続くこの運命を・・




          ―数ヵ月後―
          一度は死んだ肉体を蘇らせたアスタロトの疲労は計り知れず、限界が近づいていた
          そのため、普段は実験室に誰も入れないアスタロトが
          助手を使い、二人の肉体の調整を行わせていた

          二人には生前の記憶も人格も残ってはおらずその姿はまったくの別人
          しかし研究室で二人の調整を続けていると
          次第に人間味を帯びた感情を表に出すことが出来るようになっていった
          アスタロトはそんな二人に新たな名を与えた
          ジュペルを【ヴァンス】
          ゼィノンを【シオン】

          聖と魔、相反する二つの力の融合により誕生した二人は容姿も性格も対照的だった
          ヴァンスは無口で無愛想、常に何事に関しても無関心で
          他人と触れ合う事が苦手、いつも城内の何処かで昼寝をしている
          シオンは生真面目な完璧主義者でプライドが高い
          それ故に不真面目なヴァンスを不快に思い衝突することがあった

          アスタロトはそんな二人に戦闘の知識を叩き込むために様々な修行をさせた
          だが次第に二人の持つ魔力が制御の利かなくなるほど凄まじいものである事に気付き
          アスタロトはある腕輪を二人に与えた
          それは、一つの大きな水晶から削りだされ蒼く半透明に輝いていた
          その腕輪は特殊な力を帯び、魔力を抑え制御する事が出来るものだった

          二人は腕輪を見につけ徐々に力を使いこなせるようになり
          アスタロトによる教育のかいもあり、優秀な兵器に育っていく
          魔道生物としての力、優れた戦闘技術、そして何より敵の裏をかく戦略
          全てにおいて二人の右に出るものなど居なくなった
          シオンとヴァンスは、その実力を買われ【邪神魔光軍】を託される事になる
          しかし、彼らを生み出したアスタロトは軍の全てを任せた後
          【魔道生物】を作り出した儀式の影響で重い病に侵され
          死期を悟ったのか一人でも多くの【魔道生物】を作り出そうと新たな研究に没頭し始める

          全てを任せられ闇の神々、事実上の王となったシオンとヴァンス
          二人で協力してシオンが作戦の指揮や執務などを
          ヴァンスは軍事の強化、兵の指導などを主に担当した
          しかし城内に暮らす者たちは二人を恐れ真の意味で彼らを受け入れる事を拒んだ
          特にシオン、元はブリューナの長男であり【神魔騎士軍】を率いていた憎き敵
          しかし生前、とても優れた指導者だったこともあり彼の作戦はことごとく的中していた

          シオンは勝敗を左右する重要な仕事につき
          周囲に何と言われようと最高指揮官として常に毅然たる態度をとり続けた
          一方、ヴァンスはと言うと感情が乏しく不器用ではあったが
          普段はぼんやりとシオンの仕事ぶりを見守りながら剣術の修行に明け暮れ
          シオンが責務の重みに耐えられなくなった時
          人知れず手助けをする、そんなやさしい一面を見せていた

         「チッ・・アスタロト様に作られた化け物のくせに偉そうに
         ヴァンス様は元々、味方だったから許せるが・・シオンは敵だったんだぞ?」
         「・・ぉ、おいっ!」

          はっきりと聞いたわけではない何となくは知っていた事実

         「・・ヴァンスか何の用だ?」

          虚ろなすみれ色の瞳にシオンが映る
         「・・俺・・の事・・憎んでる・・?」

          確信を突いた質問、だがシオンは動揺した様子を見せない
         「・・ヴァンスお前はどうなんだ・・私を憎んでいるのか?」

          お互いその問いには答えず、夜空を見上げる

          運命を共にした
          かつての敵
          姿を見せない紅い月の下
          奪われた過去に思いをはせ
          夜がゆっくりと明けてゆく

          何度こうした夜を過ごしてきただろう?
          彼らが唯一「自分」を取り戻す事ができる時間
          そしてまた戦場へと赴く
          【兵器】と言う名の仮面をつけて・・



          そんなある日の戦場、敵軍に見慣れない一人の少女が居た
          前線に立てば凄まじい魔力で敵をなぎ払い
          後衛に立てば味方の傷を癒す、翡翠色の瞳をした気丈な少女
          その姿は穢れきった戦場の中で舞い踊る幻のように
          彼女の周りだけが聖気に満ちているかのようだった

          しかし、【邪心魔光軍】の勢いは留まるところを知らず敵軍を追い詰める
          勝ち目なしと判断したのか【神魔騎士軍】は退却を始めた
          その時、翡翠色の瞳をした少女が兵士の間をすり抜け
          シオンとヴァンスの前に立ふさがる

         「・・時間稼ぎ程度には・・なってみせるよ・・」


          少女の表情は疲労に満ちていたが
          決して生きる事を諦めない
          そんな強さを秘めた瞳
         『・・この娘・・何処かで・・』

          ぼぅっとしているシオンを尻目に少女が呪文を唱え始める
          すかさずヴァンスが前に躍り出て呪文を唱え終える前に
          剣で少女の体を切り裂く
         「・・くっ・・」

          少女は地面に倒れこみ抵抗する術を失い、息を荒げている
          それでもなお、瞳だけは、生きる希望を失う事が無い
         「残念だったわね・・皆は逃げ切った・・みたいよ・・?」

          ヴァンスは少女の言葉を無視し、とどめを刺そうとゆっくりと近づく
          少女の前で立ち止まり剣を振りかざす
         「・・・待て」

          その言葉に寸前のところで剣を止めると
          ヴァンスは訝しげにシオンを振り返る
         「その娘は生かして連れ帰る」

          その言葉に周囲の神々がざわめく
          思わず口をついて出た言葉にシオンは珍しく動揺し慌てて訂正を加える
         「っ・・魔道生物の実験台として、生かして連れ帰る」

          シオンは少女に背を向け、それ以上何も語らず軍に撤退の指示を出す
         「くっ・・私はお前たちの慰み物になるつもりは無いっ! 放せ〜〜っ!」

          兵士に連れて行かれながら大きな声で騒ぎ続けていた
         「・・シオン様が女に興味を持たれようとはな・・」
         「しかもあんな人間の小娘を・・あの方ならもっと良い方が居られるだろうに・・」

          兵士たちは口々にシオンの噂をし始める
         「・・列を・・乱すな」

          音も無く背後に立っていたヴァンスが兵士たちを諌める
          注意を受けた兵士たちは慌てて列を整え魔城へと引き上げてゆく

          蒼い風が吹く
          紅い月を覆う厚い雲を
          ゆっくりと
          押し流しながら

          それは今まで凍り付いていた時が
          音を立てて流れ出したかのように・・

          少女は捕らえられてからと言うもの魔術で自らの傷を癒し、牢獄を破壊し幾度も脱獄を試みていた
          だが、あまりにも派手に牢を爆破したためすぐに見つかり再び捕らえられてしまう
          少女の魔力はシオンの想像を遥かに超えた危険なものだった
          そのため急遽、破壊された牢獄とは別に小さな部屋を用意し幾重にも結界を張り巡らせ、そこに監禁する事になった

         「ここから出せ〜〜〜〜〜〜出せって言ってんだろうがこのハゲっ!出しやがれゴルアッ!」

           ドンドォンガッンッ


          いくら結界が張られているとは言え、声は筒抜け
          悪い事に少女が監禁されている部屋はシオンとヴァンスの
          執務室のちょうど中間あたりにある
         「・・場所を考慮すべきであったな・・」

          大量の書類を前に頭を抱えて深いため息をつくシオン
         「・・実験体・・にする気・・無いだろ・・?」

          戦況を報告しに来たヴァンスが語りかける
         「分からぬ・・自分でも何故・・・」

           ド〜ォンッ


          地響きと共に大きな爆音が響き渡る
          シオンは再び大きなため息をもらし書類にペンを走らせる
          ヴァンスもそれ以上は何も語らず
          部屋を後にし、それぞれの仕事に戻る



          いつもの夜、仕事を終えたヴァンスはぼんやりと夜空を見上げている
          この日も月は姿を見せない
           〜〜・・〜〜♪

         「・・?」

          微かに誰かの声が響いてくるヴァンスは声に導かれるかのように歩き出す
          すると、小さな中庭に出た窓辺に小さなバルコニーがついた部屋が見える
          そこが少女の監禁されている部屋
         『・・さすがに夜は騒いでないか・・』

          引き返そうと背をむけた
          その時、再びあの声が響き始める
          振り返ると少女が窓辺の椅子に腰掛けている


          二人の物語
          最後のページだけは白紙のまま
          やさしい時が流れ
          過去の罪を、過去の幸福を
          このままずっと抱きしめたまま
          深い眠りに落ちる
          共に歩んだ事を忘れないために


          やさしく切々と響き渡るその歌声はとても美しくあまりの美しさにヴァンスも思わず聞き惚れていた
          歌が終わると辺りは再び静寂に包まれる
         『・・・・・・』

          現実に引き戻されたヴァンスは少女がもう一度、歌うのを待った
          しかし一向に歌いだす気配を見せなかったのでヴァンスは少女の部屋のバルコニーに飛び移り
          そっと戸を開け中の様子を伺う
         「・・・ぁ・・」

          カーテンを閉めようと窓際に居た少女と目が合う
         「・・変質者〜〜っ!」

           ドガァッ

          しばしの沈黙後、少女の蹴りがヴァンスの腹に命中その一撃で少女よりも体格の良い
          ヴァンスがバルコニーまで蹴りだされる
          「っ・・ぅ・・」

          さすがのヴァンスも予期せぬ攻撃に腹を抱えその場にうずくまる
          『チャ〜〜〜ンスッ!』
          少女はヴァンスには目もくれずバルコニーから逃亡しようと走り出す

            バァーン

         「ぃ・・ったぁ〜・・何これっ!」

          それはシオンが張った結界の一つ
          少女はヴァンスの様子を窺う、ヴァンスはまだ腹を抱えうずくまっている
          これを逃したら後は無いと判断したのか結界を破壊しようと少女は呪文を放つ
          しかし放たれた魔法はとても弱々しく結界に当たると
          ポンッという軽い音と共に消えてしまった
         「・・魔力が半・・減する・・結界を・・張った・・」

          ヴァンスは蹴られた場所を押さえながら音も無く少女の背後に立っていた
          爆音被害を防ぐため結界内では魔力が吸収されるように
          昼間のうちにシオンが新たに結界を張り直したのだ
         「何だってっ・・なら素手で相手になってやるっ! 来やがれ根暗変態っ!」

          ヴァンスはぼうっと少女を見つめる
          すると風が吹き、少女とヴァンスは月明かりに包まれる
          少女の瞳と同じ翡翠色の月
         『・・紅く・・無い・・?』

           ドガァッ

          翡翠色の瞳と月に見とれていると再び腹に激痛が走り
          バルコニーの外に蹴り出される
         「私を襲おうだなんて百年早いっ!」

          そう叫ぶとバンッと戸を閉め部屋の明かりを消した
          ヴァンスは蹴られた箇所を押さえ、仰向けに横になり月を見上げる
         『・・・名前・・聞き忘れたな・・』





         「・・・・で? 何でお前がここに居るんだっ!」

          ここは少女の部屋、あれからと言うもの何度蹴り出されても懲りず
          ヴァンスは少女の歌を聞くために毎晩バルコニーに現れる
         「・・名前・・聞いていない・・」

         「お前は人の話を聞いていないな?」

          少女はぼうっとしたヴァンスに苛立ちバルコニーに腰掛けているヴァンスを殴り飛ばして下に落とす
         「・・ノルン・・私の名前はノルンだっ」

          凍った心に映し出された月は
          破壊と殺戮の色には染まっていない
          止まっていた時計が
          ゆっくり鐘を鳴らし始める
          それが絶望へと続く道とは知らずに・・



               「・・あれ? ゼィノン・・どうしたの?」
                    『・・ノルン・・』


            ダァ〜ン

         『・・夢・・か・・』


          ドアを蹴破ろうとする音と朝日に急かされシオンは体を起こす
         「・・生前の・・記憶の一部・・か・・」

          少女が魔城にやってきて数週間が過ぎ
          シオンは少女を捕らえたその翌日から度々妙な夢を見るようになっていた
          聖殿で人間の少女と共に居る夢、戦場で共に戦う夢
          大怪我を負い看病されている夢
          どれも朧げで、目が覚めると殆ど覚えていない

          ただ少女と共に過ごした時間が、とても心地よく
          今のシオンからは想像が出来ないほどに安らぎに包まれていた
          その事だけが心に残る

            ドォゴォッ

         「・・・・・・・騒々しい」






          ヴァンスは報告書を持ってシオンの部屋を訪ねる
          すると、シオンは仕事も疎かに窓の外を眺めぼんやりとしている

          ヴァンスは書類をシオンの机に置き何も言わず立ち去ろうとする
         「・・ヴァンス・・」

          シオンは物思いに耽りながら、ため息混じりにヴァンスを呼び止める
         「・・私たちは・・このままで・・良いのだろうか?」

          初めて見せたシオンの弱音
          思いもよらない問いかけにヴァンスは少々戸惑う
          お互い常に心の中にあった思い、生前の記憶は無く
          気が付けばアスタロトの元で働いていた
          そのアスタロト本人も数ヶ月前から寝たきり状態が続いている

         「このまま行けば我々が勝利するだろうしかし・・そうなれば人間界は破滅する・・」

          事実、闇の神々の大半が下等な人間を毛嫌いし
          地上を滅ぼし神々だけの世界を作ろうという計画が進行していた
         「・・本当にこのままで良いのだろうか?」

          今、自分たちは何をすべきか?
          それは、二人が答えを先送りにしてきた問題
          今まで答えを出す事が出来ず
          アスタロトが用意した運命の歯車にただ引きずられている
          動き出した歯車を止めるすべが無く
          心だけを置き去りに、ただ時だけが流れ続けた
          〜〜〜・・〜〜♪

          重い静寂を破ったのはヴァンスでは無く
          水の流れのように透き通った歌声

         「・・ノルン・・昼間に歌うなんて・・珍しいな・・」
         「ノ・・ルン・・? あの娘の名は・・ノルンと・・言うのか・・?」


          シオンは驚いた表情でヴァンスを見る
          その表情からは期待と不安、両方がうかがえる
          〜〜・・♪

         「・・・・?」

          生前のシオンが共に戦っていた人間の少女【ノルン】
          執務の妨げにしかならない少女を殺す事が出来ず
          意味も無く連れ帰った理由
          それは
          ・・〜〜・・♪

         「翡翠の・・涙・・?」

          シオンの声と少女【ノルン】の歌が重なり、辺りは再び静寂に包まれる
         「・・・知り、合い・・なんだ?」

          シオンは元々光の神、人間の知り合いが居てもおかしくは無い
         「ぁ・・ああ・・恐らくは・・な・・」

          歯切れが悪く、不確かな返答
          この不測の事態にどう対処して良いか分からず戸惑っていた
         「・・好き・・だった?」

          ヴァンスの言葉は鋭く確信を突く
         「なっ・・そのような事、あるわけがっ・・」

            ドガッシャーーンッ

          彼女の部屋に置いてあった大きなタンスが宙を舞い中庭に落下する
          その後を追うように翡翠色の少女【ノルン】が中庭に降り立つ
         「・・どうやってあの結界を破ったっ!」

          その鮮やかな犯行にしばし目を奪われる
         「・・ぁ・・・捕まえに・・行こう・・」

          ノルンが結界を破ってしまった事に心当たりがあるヴァンスは
          シオンからバツが悪そうに目を逸らし窓から中庭に降りる
         「ヴァンス貴様何か知っているんだなっ! 待てっ!」

          ヴァンスはシオンから逃れるように逃亡を図るノルンを追いながら思う
               『何で・・戦争なんかしているんだろう・・?』




          ―それから数週間―

          ノルンが魔城に来てからというもの毎日が騒動の連発
          相変わらずの騒音、食事に関する不満
                 そして

         「だから出せって言ってんだろうがこの堅物っ!」
         「・・何だとっ・・貴様は立場というものをわきまえろっ!」
         「・・・ふぅ〜・・」

          ここはノルンの部屋、彼女が発する騒音があまりに酷いので
          看守に静かにさせるように言ったのだが騒音は一向に収まらず
          仕方なくシオンとヴァンス自ら注意しに来たのだ
         「そもそも貴様のようなっ・・」

         「・・いい加減、止めな、いか・・?」
         「「黙れっ!」根暗っ!」
         「・・・・・・・」

          ヴァンスは言われたとおり黙ってその様子を見守る
          毎日のように繰り広げられる騒音と大喧嘩
          しかし、シオンとヴァンスの二人の心境は確実に変化していた
          決して飾らず、臆することの無いノルンの態度は
          【兵器】である二人にとって、とても新鮮だった

          彼女だけは【兵器】としての二人ではなく目の前の【生命】として対等に扱ってくれた
          ノルンと話をしていると普通の【生命】に戻れたかのように二人に感情が溢れる

         「だいたい貴様は何度、壁を壊せば気が済むんだっ!」
         「あ〜ら何度壊したかしらね? やわな壁だことっ」
         「・・・・・・はぁ〜・・」

          ノルンとの会話の殆どが口喧嘩だが
          それも何処かで「楽しい」と感じる自分たちが居ると気付き始めていた
          そして何より二人は笑顔を見せるようになっていた
          敵同士であるという事を忘れてしまいそうに毎日が充実していた
          ノルンもそんな二人に好意を抱き始める



          〜〜・・♪
         『・・またあの歌か・・翡翠の涙・・』

          ノルンの歌の中で、最も切なく美しい歌【翡翠の涙】
          宝石のようにキラキラと輝いたかと思えば壊れて消えてしまう
         『・・・ヴァンスが聞きに行っているのか・・?』

          特にヴァンスはこの歌を好み、度々部屋を訪問していた
          ノルンが歌を歌うのは決まって戦死者が出たとき


          別れを惜しんで泣かないで
          彼方がくれた、この尊い記憶さえあれば
          私はまた飛べるから・・
          忘れない
          決して忘れはしない
          お別れじゃないよ?
          私もいつか、この翼で彼方と同じ場所へ
          行く日が来るから・・


          ノルンの歌の中には、常に二人の男女が居る
          その歌は、美しく幸福に満たされていた記憶の中
          男性が命を落としてしまい女性はその後、悲しみに飲まれながらも前向きに歩む
         「・・ノルン」

          この歌の女性はノルン、男性は
         『・・ゼィノン・・』

          シオンは、彼女が歌を通してゼィノンへの思いを届けようとしている
          そう感じてならなかった

          何も知らないノルンは敵も味方も戦死者が出るたびに
          歌を歌い続けた、ゼィノンへの思いを・・

             『・・伝えられるわけが・・ないだろう・・』







         「・・誰の事、歌って、るの・・?」

          歌い終わり、俯いてしまったノルンにヴァンスが問いかける
         「・・別に・・誰でも良いでしょ・・?」
         「良くない」

          珍しく即座に答え、少し後悔したのか遠慮がちに話しかける
         「・・だって・・泣いてる・・から・・」

          ノルンの頬を雫が伝う
         「っ・・泣いてなんかっ・・」

          強がるノルンを尻目にヴァンスは手を伸ばしてやさしく雫を受け止め
          ノルンの頭を撫でながら、そっと抱きしめる
         「・・泣いて、いいよ・・」

          小さく耳元で呟かれた言葉にノルンは言葉を失い
          必死に涙を堪えて震えていた
         「ぅ・・うぅ・・っ・・」

          とうとう我慢ができなくなり大声で泣き出す
          ヴァンスはそんなノルンをやさしく受け止める




           「・・・・離せ・・」


          しばらくして泣き止んだノルンはヴァンスの腕をすり抜けて
          バルコニーに出て行ってしまう
          ヴァンスは少ししてからノルンの後を追い
          並んで中庭を見下ろす、小さい庭ではあったが
          よく手入れがされていて美しい花が咲き誇っている
         「・・ぁり・・がと・・ぅ・・」

          擦れて消え入りそうなほど小さな声がヴァンスの心に響く
         「・・気にするな・・」

          ヴァンスは空を見上げ小さなため息を漏らす

         『・・シオン・・ノルンの心の中には・・まだゼィノンが居る・・』


          日の光が弱まり
          咲き誇る花は赤く染まり
          ゆっくりと顔を隠していく
          消せはしない罪を刻みながら
          生きてきた二つの生命は一人の人間の少女によって
          失われた大切な【心】を取り戻す
          それこそが過ちとも知らずに・・・


          ―いつもの戦場―
          相変わらず戦況は【邪神魔光軍】が優勢
          このままなら後、数時間程度で敵を殲滅させる事が出来る
         「・・・・・・・・・」

          何かがおかしい
          ヴァンスはその異変を敏感に感じ取っていた
          その時、シオンとヴァンスの腕輪が激しく光だす
         「っ・・何だ・・これは?」

          戦場は腕輪の紅い光に包まれる
          そこでようやくシオンもこの異変に気が付く
         「・・・空気が・・重い・・?」

          戦場を取り巻く空気は徐々に重くなり、異様な気配に支配される
          しかし、この異変に気が付いている者はシオンとヴァンス以外には居らず
          二人は気配がする場所を探り、目を閉じて意識を集中し始めた

             「っぅ・・うあぁああぁぁがはっぁぐぅ・・がぁああああああっ」



          その時、戦場から大きな叫び声が響き渡る
         「何事だ!」
         「・・っ・・これ・・は・・?」

          まるで獣のような異常な叫び声に驚き、戦場に目を戻すと
          そこには、死んだはずの神々が蘇り敵、味方の区別無く
          生けるもの全てに襲い掛かっている姿が映し出された
         「・・なん・・だ・・これは・・?」

          蘇った神々に殺された神もまた、同じように蘇り殺戮が繰り返される
          その様はまるで、ゾンビのようだった
         「・・何を・・しているっ・・陣を乱すなっ!」

          シオンはこの不測の事態に戸惑いながらも冷静さを保とうと必死だった
          しかし、ゾンビたちは切っても突いても焼き払っても全くダメージは無く
          殺された者は次々ゾンビ化する、その状況にシオンたちは次第に追い込まれていく
         「・・っく・・・・」

          生きている兵は残りわずか
          シオンの体力も限界が近かった、シオンはふとヴァンスを見やる
          ヴァンスは目を閉じ意識を集中させて何かを探っている
         「・・・・っシオン・・アスタロトが、ノルン、を連れて城で、暴れている」
         「何だとっ・・まさか・・これも・・奴が?」

          ヴァンスは分からないと首を横に振る
         「・・どっち、にしても・・この状、況を抜け、ないと・・」

          目の前には数千、数万ものゾンビが軍をなしている
          シオンとヴァンスにはたかが数十名の兵しか残っていない

            「・・行ってください・・ここは我々が引き受けます」


          二人は驚いて振り返る
          そこにいたのは二人の腹心であり優秀な秘書官、特にシオンは一目置いていた
           身近に居る部下の中で最も信頼できる唯一の人物
         「・・私は・・私には・・お二人のような力はございませんしかし
                 お二人のお考えは把握しております時間稼ぎ程度にはなれるでしょう・・」


          強い決意の宿る瞳が二人を捕らえる、二人は無言のまま頷く
         「・・やはりお二人とも変られました・・」

          その言葉を最期に恭しく頭を下げ、やさしく微笑みながら
           シオンたちから目を背けゾンビに立ち向かう
         「・・すまない」

          ゾンビと数十名の兵を残し、二人はその場を後にして魔城へと向かう
         「・・・紅い・・月・・?」

          いつの間にか夜も更けヴァンスは空に浮かぶ紅い月を見つめる
         「・・・何をしている・・行くぞっ」




              とても恐ろしい何かが起こる・・
              そんな不安と恐怖を押し殺すかのように
               二人は全力で黒い天馬を走らせる